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モノの流れの兆し

21. . 2011  20:25
今日は泊まり勤務明けで体制交代。9時には家に帰ることに。
せっかくなので何か買って帰ろうかと、9時に開けるとの情報があった一番町のいたがきへ向かったら……
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準備していました。自転車のまま列に並び、待つことしばし、おっちゃんから今日の商品の説明あり。ここは果物だけを扱っているんですよね。
「バナナは入荷が少ないので1人一袋だけにしてください。それ以外は制限は設けません。買い占めてもらっても結構です。」
嬉しい言葉。でもそれって「買い占めしなくても、どんどん在庫出せますよ」っていう心にゆとりを持てる言葉だと私は思いました。
買う人たち、一人だけ時間をすごくかけておっちゃんから「待っている人もいますから」と言われていたおばちゃんがいましたが、それ以外の人たちはちゃんと順番を守り、必要な分だけ買っていってました。
私もバナナ、リンゴ、デコポンをGET。野菜が少ない中で、果物は貴重です。
また、居酒屋前で立ち売りしていた豚肉の生肉も買いました。

収穫持って一路家まで自転車で。今日は風の抵抗も少なく、10kmを45分弱で走破。帰りは徐々に上りなので、結構汗だくになります。

家に帰ってから、さぼちゃんと家の周辺の様子を見てみようと散歩に。
ダイソー愛子店のところの踏切にちょこっとかかって、4両編成のE721系が停まっていました。これが動いてくれれば……。

ダイソーは開いてました。特に入場制限もなくすぐに入店。
食料品はかなり無くなっていましたが、それでも少々ほしい物はあり、購入。

向かいのやまやも開いていましたが、食べ物はほとんど在庫なし。お気に入りの炭酸水は山積みでしたが、さすがに重いので今日はやめておくことに。

その後、広瀬小学校の横を抜けて、栗生のお店が集まっているエリアへ。
平録寿司では2人前の生寿司を1,000円で売ってました。ばーすでぃ(パン屋)も営業しているようで、外までちょこっと列ができてました。
生鮮スーパーも入っているホームセンターJOYは外まで行列。ただ、出てくる人の買い物袋の中身が、生鮮品という感じではなかったので、パスすることに。

向かいにあるみやぎ生協に向かうと、そこにも列ができていました。
手前にあるまるまつも営業中。ファミレスですが、6品くらいで限定の営業の模様。でも、こういうところが動き出すと何か嬉しいです。
店先に、焼鳥の移動販売車が!!。焼鳥……食べたいっ!。お昼ご飯に食べようと言うことで、6本購入することに。ただ、混み合っているようで、20分待ちということ。隣にあるGEOに入ったりして時間調整をしていたが、いったん外に出て、生協の店内を覗き込むと、どうも野菜を売っている様子。列も結構スムーズに流れていたので、入ってみることに。
生協は、1人15品までで、野菜は1種類1個、肉・魚は1家族2つまで、総菜は2つまでという制約。ま、みんなに行き渡るようにするには、無理のない妥当な制約でしょうね。
野菜は高い物もあるとはいえ、結構な量がありました。うちもゴボウ、レンコン、かぼちゃ、えのき、しめじなどを購入。
魚類もそこそこありました。中には刺身も。こういうのを見ると、「あっ、焦らなくてもいいな」と思いますよね。
肉類はさすがに底をついているようで、べこ政宗の牛タンが残っている程度でした。
牛乳や豆腐、納豆などはさすがに在庫がないようでしたが、まぁ当座の生活に困らないような在庫はあるようです。
これから、徐々に物流が改善していけば、どんどんと店の棚も充実していくのではないか、そう実感しました。

モノは流れ始めています

生協で買い物をし、焼鳥を受け取った後の家への帰り道、TSUTAYAに寄ったら、さすがに本の入荷は無いとのこと。鉄道ジャーナルの発売日だったよなぁ…読みたいなぁ…。
で、家までてくてくと歩いていくと、みずさわ屋(ラーメン屋)が開いていました。どういうメニューで開けているかはよく見ませんでしたが、気になりました。焼鳥買ってなかったら寄っていたかも。

昼ご飯は、昨夜さぼちゃんが炊飯器を使って焼いたパンと焼鳥を。最近おにぎりとか米がかなりメインの食事を続けていたので、パンを食せたのは嬉しかったですね。


燃料不足に好転の兆しが。塩釜港に直接タンカーが入ったようです。今日も6時間とか並んで給油していた人がいたようですが。今後品薄が徐々に解消されれば、落ち着いてくるんでしょうね。
ふつうに生活できる人たちの生活を立て直していかないと、復興も始まりません。
激甚の被災地は、まだまだ捜索活動が続いています。瓦礫が撤去できない場所が多く、難航している模様。今回の津波の被害の大きさを痛感します。

そんな中、女川の高政さんが、工場の1ラインを暫定的に復旧させて、さつまあげを製造し、町内に配布したとのニュースがありました。
高政さんも、工場や従業員の方々に被害があったのでしょうが、地元企業として地域のため、みんなのため、あたたかいさつまあげを届けたとのこと。頭が下がります。
我が家のスケジュールを書き込んでいる卓上カレンダーは高政さんのもの。たまたま通販で笹かまを送ったことがあり、そのときにいただいたものでした。
「どうなったのかなぁ」とカレンダーを見るたびに思っていたのですが、このニュースを見てホッとしました。
被害の大きかった地域の産業を復興していくためにも、被害の少なかった我々が早く立ち直っていかなければならないんですよね。

あきらめないで、みんなで前に進んでいきましょう。
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